すい臓がん、衝撃の診断から、サバイバーまでの経緯【4年目をまい進中】

闘病記まとめ記事

このブログでは、すい臓がん完治するまでの、知識と経験を共有していきます

こんにちは、チコです。

これまで※1すい臓がん告知(2019年2月)〜 回復の経過(2022年1月)までの体験をお話ししてきました。

※1 これまでの闘病体験は、本記事上部のリンクよりご覧いただけます

チコ

ずいぶん、いろんなことがあったな・ ・
長いようで、あっという間の日々でした

受け入れる

本記事では、これらの「出来事」と、この期間の「学び」をまとめて一気にお伝えします。

お知らせ

本記事は、ダイジェスト版(まとめ)です。

じっくりお読みいただける方は、ぜひ最初の記事(以下)からご覧ください。

【闘病記01】がん診断まで – 不調の一年と、診療所での検査

もくじ

経緯|実は、がん告知の一年前から不調だった?

経緯

わたしのすい臓がん物語は、2019年1月にある診療所を訪れたことから始まるわけですが

実は、その約1年前の2018年春から、たびたび吐き気や嘔吐に見舞われていました。

吐き気や嘔吐の症状と、検査を受けよとの直感の声

しかし、胃腸の不調は誰しも経験しうること。近くの診療所でも、「お腹の風邪でしょう」と済まされてしまいます。

ところが 2019年に入り、「もう我慢できない、はやく検査を受けて!」という直感の声に従うことにし

チコ

検査をしてもらえるまで帰りません

と、診療所の先生にうったえたところから、がんの診断へとつながったのでした。

学び:諸行無常を受け入れる

教訓

がんと知ったとき私は、中学の国語で習った「平家物語」の冒頭部分

諸行無常(しょぎょうむじょう)※1』を思い出していました。

※1 諸行無常とは、「この世の現実存在は常に変化し、普遍のものはないという意味」

永遠に変わらないものなどない。健康もまた然り。

がん告知までの「経緯」と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記01】がん診断まで – 不調の一年と、診療所での検査

診断|すい臓がんの診断と、恐怖と混乱

診断

最初のがんの診断は、診療所からの紹介で行った大学病院で下されます。

診療所 → 大学病院 → 検査 → がん告知

大学病院では、診療所での超音波やMRIの検査結果をもとに

胃カメラ、造影剤CT、超音波内視鏡が行われ・・。そして、がん告知。

慌ただしい検査と、ただならぬ空気に、混乱と恐怖を覚えました。

学び:直感を信じよ

教訓

すい臓がんは、進行がはやく症状が出にくいため、早期の発見が難しい病だと、このとき初めて知ります。

「早く検査を受けて!」という直感の声に耳を傾け行動したことは

決して間違っていなかったのだと、あらためて感じました。

大学病院での「診断」と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記02】膵臓がん – 大学病院を受診、告知、入院、混乱

生存率|1.2〜5.9%に入るための、速やかな病院探し

生存率と病院探し

大学病院での精密検査で、病気の進行状況がわかり、あらためて「すい臓がん」について自分なりに調べてみました。

すると・・

生存率1.2〜5.9%?!病院探しに本気スイッチが入る

ここで、衝撃の事実を突きつけられることになります。

「動脈に浸潤、リンパ節転移の可能性」との診断から、ステージは3か4。

1期:膵内に限局、リンパ節転移なし
2期:腫瘍の一部が膵外に出る
3期:腹腔動脈または上腸間膜動脈に浸潤
4期:肝臓、肺、腹膜、大動脈周囲リンパ節などへの遠隔転移

出典:膵臓がんの進行度(ステージ)とは|日本肝胆膵外科学会

このデータからだと、私の生存率は、1.2〜5.9%ということになります。

すい臓がんステージ別
出典:膵臓がんのステージ別5年生存率|メディカルノート

この結果には、さすがにショックでしたが、同時に、0%でないことに安堵しました。

ここから、生存率 1.2〜5.9%の狭き門をくぐり抜けるべく、「本気の病院探し」が始まったのでした。

学び:マインドフル状態であれ

教訓

突然の「がん告知」により、混乱の中へとたたきつけられたわけですが

こんな状況下でも、冷静に速やかな行動と決断ができたのは

マインドフルネスのおかげだったと思っています。

マインドフルネスは以下のようなメリットがあると言われています

  1. 集中力の向上
  2. 物事の明瞭な把握と、判断力の向上
  3. 心の平静を養い、精神と感情の負担を軽減、創造的な答えを見つける

参考:Mindfulness for People Who Are Too Busy to Meditate(by Maria Gonzalez)

「生存率と病院探し」、「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記03】治療の病院探し – 迅速に、後悔しない行動

延命治療|死ぬまで抗がん剤だけ?て意味わからんし

延命治療

生存率 1.2〜5.9%の狭き門から救ってくれる病院として、私が選んだのは、あるがん専門の病院でした。

手術はできないという現実を突きつけられた

チコ

この病院なら、きっと私を助けてくれるはず!

そう信じ訪ねた病院でしたが、そこで言われた内容は、私にとっては絶望的なものでした。

手術はできません。延命治療の抗がん剤です。

・・・

学び:俯瞰して見よ

教訓

結果として、厳しい診断となったわけですが、

それでも、最短のスケジュールで、大学病院から希望のがん専門病院までたどりつけたことは

すべての物事を、俯瞰(ふかん) して見られたおかげだと思っています。

俯瞰思考:物事を様々な視点から統合して捉えることで、素早く最適解にたどり着くことができる

がん専門病院でのことと「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記04】がん専門病院の診断 – 延命治療のみの現実

寿命|これが私の寿命?考えることから逃げた

怖い

駆け足で進めた、がん治療の病院探し。

一息つくと、今度は恐怖という名の黒い雲がわたしを覆っていきました。

怖い、現実を受け止められない

怖い・・・

本来の私なら大笑いするような場面でも、心ここにあらず。

そんな矢先「これは、あなたの寿命だから・・・」と姉から言われ、ショックを受けます。

しかしこの言葉は、「恐怖心に支配されていく私」を救う、姉なりの愛だったと、のちに知るのでした。

学び:メメントモリを想い、今この瞬間を生ききる

教訓

メメントモリ※1 ※2 / 死を想え」・・・ 誰にもいつかは死がやってきます。それが「寿命」。

※1 メメント・モリ(memento mori)とはラテン語で「死をわすれることなかれ」という意味の警句

「死」というと負のイメージを持ちがちですが、決してそうではありません。

死を想うことで

  • 「生」が輝き
  • 「今この瞬間」を最大限に楽しみ
  • 「覚悟」という名の強さを、手に入れる

ことができると思うのです。

※2 スティーブ・ジョブズも2005年のスタンフォード大学のスピーチで、メメントモリに触れています

「Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose.
皆いずれ死ぬのだと意識することは、自分は何か失うのでは?と余計な心配をするトラップにはまらない、最善の方法さ」
出典:スタンフォード大学

延命しかない現実を、受け止められなかった事と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記05】寿命ってなに? – 怖い、現実を受け止められない

心の平穏|「あるがままに受け入れる」ことが、こころの癒しに

心の平穏

通院していた病院の緩和ケアサポートや患者会へも参加するようになり

看護師さんと「どんな風に最後を迎えたいか」について話をするようになりました。

「あるがままに受け入れる」が、わたしを癒した

「最後のとき」についての会話をとおして

  • 人が感じる死への恐怖は、当たり前のこと
  • 必ずしも、死 = 無 と考える必要はない

という、「あるがままに受け入れる」という心境に。

また、この心の状態では、「エネルギーを無駄に使わず、本来すべき事に集中できる」のだと知るのでした。

患者会や緩和ケアサポートのことと「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記06】緩和ケアを知る – 全て受け入れたとき強くなれた

学び:こころの平穏が鍵だ

教訓

「あるがままに受け入れる」という心境は、心の平穏につながります。

実は、この「心の平穏」こそが、がん患者に、以下のような大きなメリットを与えてくれるのです。

  • ストレスが減る
  • 治癒へフォーカスできる
  • がんのリスクが減る

詳しくは、以下の記事でご紹介しています。

治療開始|フォルフィリノックス治療と、副作用

治療開始

すい臓がんと診断され、すぐに受けた治療は、『フォルフィリノックス(mFOLFIRINOX ※1)』療法でした。

※1 mFOLFIRINOXは、modified FOLFIRINOXの略で、副作用軽減の目的で、予め調整された薬です

フォルフィリノックスは、3種類の抗がん剤に、1種類の増強剤を足したお薬を、3日間かけ投与する治療です。

2週に1度の治療サイクルを、繰り返します。

フルオロウラシルの投与スケジュール
出典:膵がんの化学療法|がん研有明病院

抗がん剤治療入院と、私に起きた副作用の数々

強いお薬だという話は聞いていたものの、まあまあ、本当に様々な副作用がありました。

自覚症状のない骨髄抑制にはじまり・・

  • 肝機能の低下
  • 吐き気
  • しびれ
  • 倦怠感
  • 呼吸困難
  • 脱毛

など・・・

学び:ケセラセラ、なるようにしかならない

※ ケセラセラ(Que Sera, Sera)は、なるようになるという意味のスペイン語

教訓

そんな様々な不調を体験し、ついには呼吸をするのさえ苦しくなったとき

・・・

「はあ、もうなるようにしかならない」と、観念しました。

ここで、はたと気が付いたのです。

この「なるようにしかならない」と考えることが、気持ちを楽にすることに繋がるのだと。

さらには、体調にも、良い影響を与えるのだと。

これが、「手放すこと」の重要性でした。

フォルフィリノックス治療と副作用と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記07】フォルフィリノックス(mFOLFIRINOX)療法と副作用

悲しみと喜び|同病の友達との別れと、腫瘍の縮小

悲しみ

はじめての抗がん剤。さまざまな副作用とともに戦々恐々とした日々を送っていましたが

そんな中、とても悲しい出来事と、嬉しい出来事を経験します。

抗がん剤治療中の「悲しみ」と「喜び」

悲しかったことは、入院で同室だった同病のお友達との別れです。

まだまだ元気だと思っていた仲間との別れは、相当なショックで涙が止まりませんでした。

悲しみだけでなく、喜びもまた経験しました。

それは、腫瘍が小さくなってきたこと。

この頃、少し動けるタイミングをみて、大好きな花火大会へ行くことも出来ました。

学び:涙がでそうになるくらい生きろ

教訓

別れのつらさがあったからこそ、花火大会へ行けたときの感動もひとしおで

この「人生は呼吸の数ではなく、感動の数だ

Life is not measured by the number of breaths we take,but by the moments that take our breath away. by Maya Angelou

人生とは、どれほど呼吸をしたかではなく、どれほど心震える瞬間を味わったかで決まるのだ

という言葉が、とても心にしみました。

そして

Live to the point of tears. by Albert Camus

涙が出そうになるくらいに、生きろ

涙が出そうになるくらいに生きろ」という言葉も。

抗がん剤治療中に起きた悲しみと喜びの出来事と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記08】抗がん剤治療 – 別れと悲しみ、感動と喜びの日々

薬の耐性|抗がん剤の耐性?!腫瘍の縮小が止まる

薬の耐性など次々と苦難が

もう一生無理かもしれないと思っていた花火大会を観られたことは、生きる自信へとつながり

このまま何もかも上手くいくのでは!?

とさえ思うようになりました。

腫瘍の縮小が止まった落胆と、次の抗がん剤治療への心の準備

ところが、そこへまた、大きな暗雲が立ち込めてきます。

腫瘍の縮小が止まってしまったのです。真っ先に考えたのは、抗がん剤の耐性

チコ

・・・

更には、抗がん剤の薬剤の1つにアレルギーも発症。

こうして、上手くいきかけていたことが、次々と崩れていく時の落胆・・ 期待が大きかった分だけ、落胆も大きなものとなりました。

学び:期待と落胆と受け入れと

教訓

この期間、「期待が大きければ大きいほど、落胆も大きくなる」ことを実感した私でしたが

その一方でまた「大いに期待する」ことの大切さを考えていました。

奇跡はそれを信じる者にだけ訪れる
Miracles happen to those who believe in them.

Bernard Berenson

なぜなら、「奇跡はそれを信じる人に訪れる」と、やっぱりそう信じたいからです。

つまり、この2つを同時に心に留めておくことが大切

  • 必ずしも、良い結果ばかりでないリスクを受容しつつ
  • 大いに期待し、奇跡を夢みましょう

と考えるのです。

抗がん剤の耐性の出来事と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記09】抗がん剤の耐性 – 腫瘍縮小がとまった

賭け|持ち上がった手術の話と、大きな賭けに出る覚悟

賭けにでる

腫瘍の縮小が止まったことに不安を抱えていた日々でしたが

そこへ突然、手術の話が持ち上がってきます。

不可能と言われていた手術の話が?!どうすべきか・・迷い

当初は不可能と言われていた手術ができるかもしれない・・

このことは大きな喜びでしたが、いざ手術となると、たくさんの不安もでてきました。

というのも、すい臓がんという難しい病においては、手術はある意味「大きな賭け」だと感じたからです。

現在、唯一の根治の手がかりは手術だと言われています。

一方で、術後にがんが再発・転移した方も、残念ながら大勢いらっしゃいます。

わたしは一体どうしたらいいの?

神様、どうか、私の命を繋げてください。

学び:転機へのおそれと賭け

教訓

この期間は、手術によって自分の状況が大きく変わってしまうことへの恐れがありました。

その変化が、良い方向へ進むのか、あるいは悪い方向へ進むのか、それは誰にも分からない。

でも、前に進むためには、「後悔しない覚悟」と「賭けにでる勇気」をたずさえ、最初の一歩を踏み出すしかないのです。

不可能だった手術の話が持ち上がったことと「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記10】手術への展開 – 希望と、恐れと、賭け

手術|決断!これは内科から外科への命を繋ぐリレーだ

手術

手術は、私にとって大きな大きな賭け。そのため、不安も大きかったです。

覚悟を決め手術!これは命をつなぐリレーだ

しかし、内科と外科の主治医の先生から「誰もが手術へ進めるわけではない」ことを聞き、手術の決心をすることに。

この決意を固めた瞬間に頭に浮かんだのが、バトンリレーでした。

慎重に治療を前へ前へと進めてくれた内科主治医から、根治を目指し大きな一歩を踏み出す外科主治医への、命のバトン。

思えば、ここに辿り着くまでも、ギリギリのラインで様々なバトンリレーが繰り広げられていたと、あらためて思い出していました。

そして、いよいよ手術。

学び:感謝のこころで生きる

教訓

人は1人では生きていけない。だから周りに感謝して生きなさい

幼いころ母に教わったこの当たり前のような事を、この歳になりあらためて、こんなにも深く感じるとは・・

内科での抗がん剤治療から、外科での手術まで、紙一重のところでうまくバトンをつないでくださった

先生、看護師さん、技師さんのファインプレーに尊敬の念を抱くとともに

周りにいるたくさんの人たちの力で私は生かされているのだと、感謝せずにはいられません

命のバトンリレーと「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記11】命のリレーと、手術(膵頭十二指腸切除術)

集中治療室|術後ICUでの耐えがたい痛みと、看護師さんの覚悟

集中治療室

無事に手術をおえ目を覚ますと、そこは集中治療室の中でした。

我慢できない痛みと、ICU看護師さんの行動

麻酔の効いたうつらうつらした意識から戻ってくると、待っていたのは、耐えがたい痛みでした。

痛み止めを増やして欲しいと、懇願する私。

血圧が低すぎて、これ以上の痛み止めは危険だと言う集中治療室の医師。

そんな痛み止めをめぐる攻防の間に入った看護師さんの対応が、まさに神対応でした。

学び:人の尊厳と献身

教訓

「わたしが責任を持ってみますから、血圧を上げる薬を使いながら、痛み止めを増やしましょう!」

先生を説得する看護師さんのこの言葉は、痛みで気が狂いそうだった私の救いとなりました。

そしてまた、彼女の「患者を一人の人間として、尊厳と献身の心で支える」姿勢に、感謝と感動の気持ちでいっぱいになりました。

集中治療室での出来事と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記12】術後ICU – 痛み、涙、生きる希望

言霊|一般病棟での入院生活と、「奇跡の患者」の言霊

言霊

集中治療室での壮絶な日々がおわり、一般病棟へうつると

温かいクリスマスイベントや、美味しい(口から食べる喜びを教えてくれた)病院食が待っていました。

術後の入院生活と、病院食と、「奇跡の患者」の言霊と

この一般病棟での入院生活は、徐々に、張りつめていた心と身体をほぐしてくれました。

また、抗がん剤時代にお世話になった看護師さんと、内科の主治医もお見舞いに来てくれました。

お見舞いの最中、彼らから出た「ちこさんは奇跡の患者になる」という言葉。

これが、わたしの気持ちをポジティブな方へと大きく引っ張り上げてくれたのでした。

学び:言葉のちからを知る

教訓

「奇跡の患者になる」

何気なく発せられた看護師さんの言葉でしたが

術後の痛みで弱った私に、自信と勇気を与えてくれるには、十分すぎる言葉でした。

言葉の力ってすごいな、とあらためて思います。

入院生活と言霊「奇跡の患者」と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記13】術後の入院生活と「奇跡の患者」という言霊

退院|退院直後、介護サービスを受けながらの生活

退院

2019年12月4日からの入院と手術をおえ、同月21日、無事に退院することができました。

退院後の介護サービス利用と、家族との時間

まだ、下痢、腹痛、倦怠感などは続きましたが、介護や看護サービスの方たちのサポートのもと、日々を過ごしました。

また、すこし体調の良いタイミングで、家族とドライブや食事ができたことは、本当に良かった。

「大きな手術だったけど、術後合併症もなく順調だね」と、家族も喜んでいました。

学び:何気ない日常にこそ、かけがえのない幸せがある

教訓

何気ない日常の幸せ。

がんになるまでの私は、仕事に忙しく、そんな幸せを噛みしめる余裕さえありませんでした。

家族との何気ない日々こそが、何ものにも代えがたい、かけがえのない幸せなのだと

いま感じています。

退院直後の生活や介護サービスのことと「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記14】退院後の生活・気持ち・体調・介護サービス

衰弱|術後の後遺症と抗がん剤「TS-1」の副作用で弱っていく私

衰弱

術後40日ほど経過した2020年1月15日から、補助化学療法の抗がん剤「TS-1」治療がはじまりました。

術後の抗がん剤と私に起きた17の不調

ここから、わたしの予想を大きく大きく上回る、長く苦しい不調の旅が始まることになります。

術後の後遺症(下痢、腹痛、倦怠感)がまだ癒えぬまま、抗がん剤の副作用(吐き気、口内炎、衰弱など)も加わり ※1

トイレとベッドの行き来さえつらい日々となりました。

※1 私におきた17の副作用&術後後遺症(詳細は、後述する記事でご紹介しています)

  • 吐き気、下痢、腹部膨満感、腹痛、肩こり、衰弱、倦怠感、口内炎、涙目、不眠、めまい、関節リウマチ、しみ、痔、貧血、湿疹、糖尿病

学び:逆境をチャンスに変える

教訓

ある日、私のどん底まで落ちた体調と今にも折れそうな心の内を、訪問看護師さんにお話ししました。

その時、彼女が目に涙を浮かべながらも泣くのを必死にこらえる姿を目にし、ハッとするとともに

「不調に負けてる場合か」「逆境をチャンスに変えるんだ」と、私の中で、なにか声が聞こえたような気がしました。

術後の抗がん剤で衰弱する様子と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記15】術後、抗がん剤 TS-1 衰弱で心が折れそう

コロナ禍|ストレスが体調不良に追い討ちをかけた2年

コロナの流行

2020年1月、抗がん剤治療と時を同じく、日本はもちろん、世界中がコロナ禍へと突入していきました。

コロナががん患者を暗黒の2年へ引きづり込むまで

このコロナ禍での閉塞した重苦しい空気が、私の不調にさらに追い打ちをかけました。

訪問介護や看護をストップする、家族が通勤を止める、日用品が買えない、など

人との接触を避けた引きこもり生活は、知らぬ間に大きなストレスとなり、体力回復を妨げる要因へとつながっていました。

学び:明けない夜はない

教訓

2020年、2021年は、本当にただ日々を過ごすことさえ大変な、苦難の年でした。

しかし、2022年になり、確実に体は整ってきていると感じています。

明けない夜はない、そう信じています。

コロナ禍が、がん患者に与えた影響と「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記16】コロナ禍の引きこもり生活ががん患者に与えた影響

治癒への道|必死にもがき回復までの階段を這い上がった2年

治癒への道

2年に渡る苦難の時であっても、その間、決して、ただ諦め手をこまねいるだけではありませんでした。

必死でもがき、たとえカメのような歩みでも、回復への階段を一歩一歩這い上がってきたと思います。

回復までのステップ

不調のどん底から今日までは、スロープを上るように徐々に回復したわけではなく

体調が悪い日々が続いたかと思うと、ある日突然、階段を1段登るように回復していきました。

例えば、以下のような意外な出来事が、回復への節目となっています。

  • 麻薬系痛み止めを積極的に使うことで腹痛が消失
  • 日本酒でリラックスしたことで、意外にも、下痢が改善
  • 自ら下痢の治療薬をリサーチし、積極的に治療に動いたことで、下痢の大幅な改善

など。

学び:積極的に行動することで治癒力が高まる

教訓

病気になると、いつ治るのかと先の見えない日々に不安を感じることもありますが・・

体調の悪い日々が横ばいだと悲観するのではなく

時が経つのを待つしかないと諦めるのではなく

医師の治療に口出しはできないと固定観念を持つのではなく

何か良い策はないかと、積極的に動いたとき

案外それまで続いていた不調からスルっと抜け出て

次のステップへの一歩を踏み出すことができた、そんなふうに思います。

暗黒の2年の中の回復へのステップと「この時期の学び」の詳細は、以下で書いています

【闘病記17】試練からの復活 – 体力回復と好転のきっかけ

いま|がん診断から4年目の2022年、これが私の願いです

今そしてこれから

そして、がんの診断から4年目の、2022年。

まだまだ、学ぶべきことがたくさんあります。

そして、皆さんと共有したい事もまだまだあります。

5年、7年、10年、15年、その先へと命をつなぎたい

次に目指すは、診断から5年、手術から5年、無治療になってから5年。

さらに次は、それぞれ、7年、10年、15年と時を刻み

目標だった130歳、いや150歳へとまっしぐらに、楽しく生きたい

そんな風に思っています。

いつか同病の仲間と、「懐かしい」と笑って話したい

そして、いつか

がん=死、なんてイメージされる時代もあったね

笑っちゃう、治る病なのにね!

そんな風に、

同病の仲間たちと、笑って話したい

※ちなみに、最近読んだ本『未来の医療年表(奥真也 著)』によれば、2030年、35年には、「がんのほとんどが治癒可能」という楽観的な見方もあります。

未来の医療年表
未来の医療年表

たくさんの治療法が開発されています。だから、一緒に頑張りましょう!

すい臓がんで苦しむ人を1人でも少なくしたい!

この病で苦しむ人をなくしたい!

これが、今のわたしの最大の願いです。


チコ

さて、ここまでが、2019年「がん告知」から、2022年「回復へ」までの、わたしの膵がん記録です

とても長い文章になってしまいましたが(汗)、、、

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

このまとめ記事の各章の詳しい内容は、それぞれ『闘病記シリーズ1〜17 』でもご覧いただけます。

お時間のあるときに、ぜひ覗いてみてくださいね。

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